(EXHIBITION)
【RENTAL EVENT】稲村真優 個展「回」
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【展示について】
私達は何を見逃し、何を聞き逃し、何を隠し、何を選択しているのだろう。
常に活動する「場所」という概念は、それを生み出す私達に絶えず様々な役割を与え続ける。社会性や文化、暗黙の了解というものはそれによって増大し定着していく。私は、設計された空間や装置が、作り手によって想定された用途や導線を超えて、使用する側の都合や偶然によって別の使われ方を獲得していくことに関心がある。人はしばしば、空間が与えた役割に従いながらも、その内部で回り道を見つけ、本来想定されていない振る舞いを生み出す。本展示では、鑑賞者に対してもまた、その回り道を見つけることが開かれている。
本展のタイトルとして用いた漢字の「回」には、ものが円を描く様子のほかに、まわるという動作それ自体や反復などの意味がある。私の作品のほとんどは、日常的な動作や行為からインスピレーションを受けており、そのどれもが繰り返されることで私に違和感を与え続けるものだ。排泄行為や洗濯行為、周囲の騒音といった日常の中にあるそれらは、私たちの人生の中でルーティーンや習慣として回り続け、途切れない。
また、「回り道」という表現も本展を設計する上で欠かせないイメージだ。私の作品では、場所やシステムなどが本来ターゲットとなる人間に、直接的に作用する機能とは別に、回り道的な役割を見出すことがテーマとなっているからだ。今回発表する作品のどれにも、日常の中で回り道的な視点で向き合い、その結果として鑑賞者にもそのような視点で自分事として捉えていただきたいという願いも込められている。
本展のためにメインとして新たに制作された映像/パフォーマンス作品『What I Missed While Watching』では回転する乾燥機を延々と撮影した作品だ。画面いっぱいに映し出されたドラム式乾燥機のガラス面には、その向こうで回り続ける衣類が熱され、循環する温風に踊らされている。ガラスを隔てた機械の外側では一人の人物が乾燥機の中を見つめ続け、その後ろでは予期せぬハプニングが絶えず起こり続ける。この作品にも「回る」という動作が必要不可欠だ。以上のような理由から、本展のタイトルとして「回」という一文字を採用する運びとなった。
【作品解説】
『あなたとトイレに入れない』(パフォーマンス)
近代的な文化が発展していく過程で、さながらアダムとエバのように人間はわざわざ恥を自ら招き入れ、その恥を払拭しようと、恥を隠し悟られまいと工夫するようになった。しかしその行動こそが恥のために生み出されたものであり、奇しくも恥という感情を返って浮き彫りにしてしまう装置となってしまうという矛盾が生まれてしまったのではないかと私は考える。本作はそのようなことをテーマに制作した作品だ。現在日本国内で、もはや当たり前になってしまったトイレ用擬音装置がこのテーマに最適な現代の開発ではないだろうか。私には「私は今排泄を行っており、その音を聞かれるのは恥ずかしいため、自らの排泄音に不快でない音を重ね塗ります。」と宣言するための装置のように思われてならない。回り回って恥を露呈させる形で恥ずべきことを隠蔽しているという方法は非常に滑稽だ。
『What I Missed While Watching』(映像)
コインランドリーという空間、その機能は現代においては珍しく、人々がただ待つことを許し受け入れる身近な例だと言うことが出来るだろう。本作では、作られた「コインランドリー」という空間と、もとより存在する「ギャラリー」という二つの空間が交差する地点に作品を設置している。私にとって両者に共通しているのは、そこを訪れた人間が必ず何かを待つことになるという点である。コインランドリーでは洗濯や乾燥が終わることを、ギャラリーでは映像やパフォーマンスが終わることを。いずれの空間においても、目の前にありアクセス可能でありながら、鑑賞者/利用者は基本的にそれに干渉することなく、その進行を見届けることを求められる。
本作では、ドラム式乾燥機を見つめ続ける一人の人物を撮影し、その背後で祝祭、私的な感情、危機、偶発的な出来事等が次々と起こる。ガラス面に映り込む外部の風景や、ふとした出来事といった偶発的なハプニングが、店内の機械的な循環と重なり合う。ガラスは、内部と外部を隔てながら重ね合わせる境界面として機能し、機械の内部で繰り返される均質な運動と、都市のなかで絶えず生起する制御しきれない出来事とを同時に映し出す。しかし彼は、最後まで乾燥機から目を離さない。ここで彼は無関心な人物として描かれているのではなく、その空間において最も適切に振る舞う身体として存在している。コインランドリーという装置的な空間は、人に「待つこと」と「見ること」を与える一方で、それ以外の出来事に関与しない自由もまた残している。乾燥機を見つめ続けるひとりの人物の姿は、この空間に仮置きされた身体のあり方を示している。利用者は、滞在を前提としない場所のなかで、機械が終わるのを待つという宙吊りの時間を過ごす。居場所ではない場所に発生する短い滞在は、都市における身体の一時的な留め置きのようでもある。反復される循環を見つめ続けるそのまなざしは、生活の維持を支える装置の前に置かれた身体の持続を可視化する。
『意志ある機械』(詩/インスタレーション)
空耳も私にとって都会的で面白い現象だ。聞こえているのに聞こえない、聞こうとしても聞き取れない。そういった宙ぶらりんになった言葉に耳を傾けた結果立ち現れるものが空耳だ。空中で渦を巻き誰の気にも留められず漂う言葉を集めそれらをコラージュのようにつぎはぎにつなぎ合わせると、存在しない言葉や、意図と異なる受け取り方が発生する。私は人々が密集する都市的な空間に身を置き、ひたすら空耳を集め続けた結果『意志ある機械』という作品が制作された。本作では、本来伝えられるべきであった内容からそれた受け取り方や聞こえ方をされた言葉を主役とすることで認識の回り道である空耳を経由して、新しい奇妙な形で再度この世に生み出される言葉を詩として制作した。
『How Lonely』(映像) 脚本:乾将崇 振付:稲村真優
私たちは生きているという条件に拘束された存在である。私たちが生きているということのみによって、私たちはある生存中に起こる事柄について何かしらの態度、あるいは自分とそのものとの間にある距離を決定することを迫られる。それは例えば、生きるためにある人とともにいることを決意しながら、同時に別の人といることを拒絶すること、生きるためにある時間に自分は食事を食べなければならない、といった類のことであるかもしれない。
そこで、本作品は、死者たちの世界を描く。生きているという条件を私たちから取り払ったとき、私たちはどれくらい自由になれるのか?私たちはどれくらい意味や価値からも脱走し、無意味をそのまま受け入れられるのか?このような問いに応答しつつこの作品は作られた。そして、生存中は自身の立場に必死であった人々も、一度死を迎えれば他の人々の立場についてよりおおらかになることもできよう、生前のわだかまりも死によって別の見方で見ることができよう。このような和解への希望もこの作品には託されている。
(INFORMATION)
【概要】
展覧会名:回
会期:2026年4月29日(水・祝)〜5月6日(水・祝)※休廊日なし
時間:13:00-19:00
オープニングレセプション:4月29日(水・祝) 16:00〜19:00 ※予約不要。どなたでもご参加いただけます。
会場: SHUTL
〈パフォーマンス〉
全日開催。それぞれの展示作品付近で体験型の即興パフォーマンスを行います。
13:00-14:00:『What I Missed While Watching』
17:00-18:00:『あなたとトイレに入れない』
〈パフォーマンス出演者〉
4/29
13:00-14:00(稲村真優、飯田海、伊藤楓香、乾将崇、王佳祥、緒方大樹、柏山結哉)
17:00-18:00(稲村真優、飯田海、伊藤楓香、乾将崇、王佳祥、緒方大樹、柏山結哉)
4/30
13:00-14:00(稲村真優、飯田海、王佳祥、柏山結哉、村中恵美)
17:00-18:00(稲村真優、飯田海、王佳祥、村中恵美)
5/1
13:00-14:00(稲村真優、飯田海、乾将崇、王佳祥、緒方大樹、村中恵美)
17:00-18:00(稲村真優、飯田海、乾将崇、王佳祥、緒方大樹、村中恵美)
5/2
13:00-14:00(稲村真優、乾将崇、中川智晧、村中恵美)
17:00-18:00(稲村真優、乾将崇、中川智晧、村中恵美)
5/3
13:00-14:00(稲村真優、緒方大樹、村中恵美)
17:00-18:00(稲村真優、緒方大樹、村中恵美)
5/4
13:00-14:00(稲村真優、飯田海、村中恵美)
17:00-18:00(稲村真優、飯田海、村中恵美)
5/5
13:00-14:00(稲村真優、飯田海、柏山結哉、村中恵美)
17:00-18:00(稲村真優、飯田海、柏山結哉、村中恵美)
5/6
13:00-14:00(稲村真優、飯田海、緒方大樹、村中恵美)
17:00-18:00(稲村真優、飯田海、緒方大樹、村中恵美)
【企画】
制作クレジット
制作:稲村真優
パフォーマー:飯田海、稲村真優、乾将崇、伊藤楓香、王佳祥、緒方大樹、柏山結哉、ジョン・ダイン、中川智晧、村中恵美
制作協力:レンティオ、TOP Coin Laundry、WASH&FOLD 新宿小滝橋店
映像撮影:稲村真優
映像編集:飯田海
ビジュアルデザイン:川本理紗
(PROFILE)
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稲村真優/mahiro inamura
アーティスト。自らの身体的な特性からくる他者とのズレや、認識の差、また近年では「場所」が作り出す人間の新たな機能などを主題に、参加型パフォーマンスや映像を用いて作品を制作している。経験が産んだ、他者との認識の違いからインスピレーションを受け、近年は知覚を制限したエチュードを実施し、社会的なルールが人々にもたらす変化を、パフォーマンス要素を内包したインスタレーションなどの形式で発表している。
私は幼い頃から無音というものを経験したことがない。というのも、私は常に耳鳴りがしているという体質を持ってこの世に生まれたからだ。それが理由で今まで多くの「ずれ」を経験してきた。自分には聞こえないけれど皆には聞こえる音がある、また皆には聞こえないけれど自分には聞こえる音があるということを意識して生活をせざるを得なかったからだ。無音を経験することのできない私はいつしか無意識に喧騒の中の孤独に身を投じていた。
2003年生まれ。群馬県出身。2026年3月多摩美術大学美術学部芸術学科卒業。
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