(REPORT)
【EVENT REPORT】あの空間・場所について 第二部 展示を振り返って

2026年3月22日(日)、Group Exhibition「あの空間・場所について」のクロージング企画として、展示作家4名によるトークイベントが開催されました。
本トークでは、展示作家4名が登壇し、それぞれの制作背景や空間に対する視点について語りました。リミナルスペースを起点としながらも、それぞれが異なるアプローチで展開する「空間/場所」の捉え方や、個人的な体験に根差した美学、そして作品に込められた時間性や距離感といったテーマが、多層的に交差していきます。
本記事では、当日のトークの模様をお届けします。
<ライター>
EPOCALC
<登壇者>
ア:アシアタ
微:微風ゾーン(Tsudio Studio)
ミ:ミヤオウ
C:COR!S
黒:黒田 (SHUTL)
黒:私はSHUTLのディレクターを務めております、黒田と申します。「あの空間・場所について」の最後のプログラムは、展示作家の4名とのトークイベントになります。私は「企画」という立場ではあるものの、今回のイベントはお話をいただいて開催いたしました。その説明を微風ゾーンさんとアシアタさんにしていただきたいと思います。よろしくお願いします。
微:2021年から微風ゾーンというアンビエントプロジェクトをしています。普段はTsudio Studioという名前で、2018年ぐらいからポップス的な曲も作っています。
今回の企画は、アシアタくんや似たマインドを持った人たちと出会う中で、その流れで展覧会できるんじゃないかというアイデアが浮かんだのがきっかけです。それをアシアタくんに伝えたら「是非やりましょう」と言ってくれたんです。
そこで、共同運営しているレーベル・Local Visionsのイベントの場として以前からSHUTLにお世話になっていたのでまずは相談しようと、アシアタくんと簡単に企画書を作って提出しました。
そうしたら、二つ返事で「やりましょう」と黒田さんに言ってくれて。僕たちは別にギャラリーの人間ではないのに、可能性を見込んで企画を受け入れてくれたのがすごく嬉しかったです。
ア:微風ゾーンさんとともに、本企画の助手的な立ち位置で関わりました、アシアタと申します。普段は写真を撮ってTwitter(現X)に上げたり、『EchoSpace』、『携帯ゲーム機で撮った写真』、『ポピー』など、概念を提唱したりしています。
また、リミナルスペースのようでちょっと安心する空間を共有し合う、この展覧会と同じ名前のDiscordサーバー『あの空間・場所について』を運営しています。
この展覧会に参加した経緯ですが、僕が友人を集めて個人的に開いている料理会に微風ゾーンさんも出席されていて、その帰りにリミナルスペースの展示会をやろうと声をかけていただいたのがきっかけです。率直に面白そうだと思ったので、そのまま僕の家に直行して企画書を2時間ぐらいかけて作り、その場で黒田さんに送りました。なので個人的にはかなり熱がこもっている企画ですね。
インターネット美学のリミナルスペースは(ホラーコンテンツである)「The Backrooms」を源流に含むため、不安や恐怖が根底にあります。また、一般には「無人空間=リミナルスペース」と大きく捉えられがちだと思います。しかし、最近Twitterで共有されている無人空間に含まれるニュアンスは、不安だけではないと感じていますし、我々の微風ゾーンやEchoSpaceも、ホラーの文脈とは離れていると思っています。
このように、リミナルスペースに敬意を持った上で、自分たちの活動はそれと少し異なるものであることや、「無人性=恐怖」とは限らないということを示していきたいというのが、この展覧会のプリミティブな部分です。
黒田さん、この企画のお話を我々から受け取った際は、率直にどのようなことを思われましたか?
黒:リミナルスペース自体は元々知っていたんですけれども、展覧会をやるとなって改めて調べた際「リミナルスペースって何なんだ」と思いました。
SHUTLは「未来のオーセンティック」という言葉をコンセプトとしています。これからの新しい本物や伝統を築けるようなものができないのか、という実験場みたいな場所なんです。リミナルスペースは10年弱くらい美学・ネットカルチャーとして育てられ、ちょっとした伝統となりつつあるのではないか……というのは「実験場」であるこの場所にもマッチすると思いました。そんなことを考えながら、聞いた瞬間に「いいですね!」と答えました。
ア:メールを送った直後に二つ返事で快諾いただいたので、とても驚きました。
実は、当初の企画段階ではリミナルスペースそのものやそれに類する空間を題材にしている8名の作家で実施する予定でしたが、結果として現在の4名になりました。
この4人はお互いよく知っている仲のため、空間に対する認識・トンマナが揃っており、展示場に余白を持たせた上で統一感のある形になって、結果的に良かったと思います。
微:本当にその通りだと思います。
ア:展覧会の名前についても「ポスト・リミナルスペース展」に始まり、いろいろな名前を案出ししましたが、最終的に「あの空間・場所について」に固まりました。元ネタは先ほど申し上げたDiscordサーバーです。このサーバーをかれこれ2年くらいやっていて、現在は登録者数が600人を超えています。最初は私自身がよく投稿していたんですが、今は私があまり投稿できていない中でも色んな方に当初の方針に沿って投稿していただいています。今回の展覧会にはそこの思想にも通じるものがありました。
私は建築に詳しくないので適当につけた名前ではあったんですが、ミヤオウさんから「空間」「場所」それぞれの定義的にコンセプトと合っていると教えていただきました。ミヤオウさん、その辺りをご説明いただけますか?
ミ:私がこの展示タイトルの提案を聞いたときに、「空間」と「場所」の違いはなんだろうと興味を持って考えました。実はそのころに読んでいた本、それはイー・フー・トゥアンという方によって書かれた「空間の経験」という本なのですが、そのなかにちょうどそれらについて書いてありました。彼が考えるに、「空間は、まず何よりも、そのなかで運動する余地のあるものとして経験されるもの」*¹であり、その空間が次第に認知されて意味が付けられていくと「場所」となっていく。意味というものがまず対象を経験することによって付けられ次第に共有されていくこと、タイトルの元となったサーバーの存在、リミナルスペースとその先、そして、このように実際に存在する場所で空間や場所についてのグループ展示をすること。これらのそれぞれには共通する何か、それは従来のリミナル的なものに収まらない何かを感じ、このタイトルはそれを示すのにとてもシンプルでありつつ、適切だと感じました。
*¹ イー・フー・トゥアン「空間の経験」ちくま学芸文庫 p.28
微:あとは、ポスト・リミナルスペースという観点だけで展覧会をしてしまうと、例えばCOR!Sさんのような、そこからさらに拡張されるような表現をその中にくくるのはもったいない。そういった意味でも「あの空間・場所について」の方が僕たち4人をよく表している名前なのかなと思いました。最終的にはすごく納得感のあるものになりました。
アシアタ EchoSpace / ポピー / ゲーム機で撮った写真
黒:皆さんの思いを聞かせていただきました。今回の展示では皆さん作品を制作していらっしゃいますので、皆さんに制作した作品のことについてもお聞きしたいなと思います。
ア:僕は今回3つ展示をさせていただきました。僕の展示って他の作家さんとは多分性質が異なっていて、概念の紹介やアーカイブに近いと思っています。
まずはEchoSpaceです。
ア:元々リミナルスペースなどの空間が好きな友人達との中で「言葉にはうまく説明できないが、なんか良い空間」というハイコンテキストな共通認識がありました。それを「いろいろな人に広めたい」「第三者に対して説明したい」と思ったのがEchoSpaceの始まりです。ちょうど2年前に、3人の好きな空間の要素をまとめた共通項を定義し、”EchoSpace”という名前を付け、普及を図る活動を始めました。結局その3人のうち僕しか活動を続けていないんですけれども(笑)、最近はハッシュタグを付けて投稿してくださる方も増えてきていると感じています。今回はその集大成的な展示で、3つの中でも特に力を入れました。
展示では会場のガラス面のところに置かせていただいきました。晴れた日の午後にはここに日光が差し込んで、青色が映える綺麗な映りになります。
ア:続いてがポピーです。これは微風ゾーンさんとの遊びとして始まった概念です。
ア:駅のコンコースに行くと、広告欄があるじゃないですか。でも、人通りが少ないところだと広告が貼られないということはよくあると思います。その中で、特に関西地方では、風景写真を広告の代わりに貼っていることがあります。僕はここに面白さを感じて、「ポピー」と名付けて収集を始めました。
ア:今回の展示は実験的な試みです。普段は、実際に施設に飾られているポピーを収集するのですが、今回はポピーを自分で作ってみました。写真自体も淡路島にある公園の花畑を僕がフィルムカメラで撮影したものです。額縁の役割を果たす枠も駅で実際に使用されているものを調達しました。
最後が携帯ゲーム機で撮った写真です。
ア:ここ数年、オールドコンデジブームのように、ちょっと画質の悪い温かみのある写真が人気だと思います。一方でオールドコンデジは、ちゃんと動作するものの入手難易度が高くてあまり手が出ませんでした。それでもそういう写真を撮りたくて、どうにかならないかなと思っていた時に、実家で見つけたのがニンテンドー3DSでした。
その写真フォルダを見てみたらガビガビだったんです。「これでいいじゃん」と思ったところから、この活動が始まりました。その後、PSPにも外部機器のカメラがあると知り、PSPでも撮影を始めました。
実際の写真を見ていただければと思うんですが、画質のせいで画面上の情報量が減り、なおかつゲーム機という文脈の上で鑑賞すると、CGのようで現実感のない空間に見えます。それが結果としてオールドコンデジの枠を超えた表現手法になったと感じています。
黒:ありがとうございます。ポピーは東京都内では少ないとのことでしたが、これは経済がちゃんと回っていて、広告効果も出しやすいためですかね。
ア:それに加えて、文化的気質もある気がします。東京でも広告が埋まっていない広告欄は見かけるんですが、そのままなんですよ。一方、関西だと、デパートや公共空間の中に観葉植物を置きがちで、「空間をにぎやかにしたい」「空いているところを埋めてあげたい」という施設の方の心意気を感じる時があります。そういうおもてなし精神の強い側面が、巡り巡ってポピーというものを作ったのかな、と個人的には考察しています。皆さんも街中でポピーを見つけたら「#ポピー見つけました」で共有していただけると嬉しいです。
黒:知り合いの広島出身の方は、そこら中にポピーがあったと言っていました。
ア:やはり西なんですかね。
黒:僕も大阪出身なんですが、大阪の地下鉄とかでは広告の張り替え期間でもしっかりと花を添えるように入れていました。
ア:良い気質ですね。
黒:適当にしない、という商人魂を感じますよね。ありがとうございます。
COR!S 用意された街 / 残響 / 其処
C:COR!Sです。私は音楽プロデューサーとして音楽を作っています。数年前からCGで自分のMVを作ったり、ジャケットのアートワークを作成したりしています。自分の作品は空間建築やノスタルジーのフィルターを通したものが多いかなと思っています。例えば今までの作品では、80年代の湖畔のリゾートをテーマにした作品を音楽とCGのアートワークで作ったりなどしました。今回の展示では「ゆめきりニュータウン」という架空の街にまつわる作品を3つ作りました。
1つ目は、ニュータウンブームに新しくできた街の広報のビデオとしての映像作品「用意された街」です。夢や希望、未来への展望がある、元気で明るいキラキラした街をこれから作っていくぞ!皆さん、ここに住んでください!というような広報映像を作りました。
C:自分にとってリミナルスペースは、ノスタルジーを感じる部分が大きいんです。自分がノスタルジーを感じる空間やモチーフを詰め込んだ世界を映像で描いた時に、他の人たちも同じようにノスタルジーを感じるのだろうか否か……という実験を今回の展示で行いました。
二つ目の展示「動の残響」では、ゆめきりニュータウンが数十年後にどのような姿になったかを描いてパネル展示で比較しています。
C:活気があった時代の街の広場の様子と、商業施設が廃止されて街に人がいなくなった時代の同じ場所の様子とを横に並べてパネルで展示しました。
令和8年の今、街を歩くと、私にとって魅力的なバブル期の奇抜な建物たちがどんどん取り壊されたり改修工事されていたりします。その姿を見た時に私は悲しい・寂しいとも思うんですけど、それとは別の「高まり」があったんです。これは実際に無くなっていくという現実を目の前にしないと感じない不思議な感情だなと思います。その感情を表現するために、街が動いていた「動」の時代と全部止まってしまって人の声が聞こえなくなり「静」になってしまった時代、その動と静の差分を表現したいと思いました。
最後の作品が、先程行ったライブの最後に披露した曲の歌詞でもある詩、「其処」をパネル展示したものです。
C:自分の心の中で生き続けている場所のことを「其処」と呼んでいます。皆さんの中にも今まさに無くなろうとしている・もしくは既に無くなってしまった、思い入れがあったり強く印象に残っている空間や場所があると思います。その空間・場所に対して思いを馳せながら、それぞれの「其処」としてもう一度詩を読み直していただけたら、何らかの感情が湧いてくるんじゃないかなと思います。
黒:ありがとうございます。段階を踏みながら鑑賞することで、COR!Sさんの表現したいことが伝わっていくなと思いました。
ライブ中にも最後の曲で実際の街の映像が流れていたと思うんですけども、あれは実際にゆめきりニュータウンの作品などに繋がるものなんでしょうか。
C:これは関西の千里中央にある千里セルシーという場所です。1970年代に開業した商業施設です。2022年に閉鎖されて、今も閉鎖中です。「アイドルの登竜門」と言われている舞台があって、アイドルがライブをしたりヒーローショーがあったり、賑わっている場所でした。実は、「用意された街」の中に「セルシア」というプラザが出てくるんですけど、それの名前もここからとっています。
もう一つ自分の馴染みがある茨木市のロサヴィアという商業施設があって、そこもバブル時代の豪華な内装の商業施設だったのですが、セルシーとロサビア…「セルシア」はこの2つを組み合わせたネーミングです。
黒:実は僕、地元が千里中央でして。このセルシー広場は僕が幼少期時代からよく行っていた場所で、ここで人生で初めて芸能人を見たんです。アイドルとかではなく、お笑い芸人の長州小力さんだったんですけれど(笑)。それでも感動しましたね。ここも今は封鎖されてしまって時が止まったような場所です。
ちなみに、一時期、茨木市にも住んでいまして、大学の帰りにロサヴィアの中のフードコートでご飯を食べて帰っていました。
ミヤオウ kyori
ミ:ミヤオウと申します。いつもは3DCGの空間やそのアートワークを制作しています。今回展示している作品は、PCに映された映像と、ヘッドフォンから流れる音楽、そしてこちら側と向こう側の空間が1セットの「kyori」という作品です。
黒:こちらのPCの映像をまず見た後に、最後にシャッターの向こう側を思い浮かべながらこの扉を開けていくんですよね。
ミ:見えない奥や遠くを想像することで、ひとつに決まらないことによる精神的な余地やイメージの広がりがあるのではないかと思っています。今回は距離を意識することを考えようと思いました。
昨今、情報や物理的なもののスピードが速くなってきています。それは便利であると思うのですが、一方で、人が何かを感じたり考えられるスピードには限界があるのだろうとも思っています。この作品では、まず椅子に座ってPCの映像を見てもらい、そのあとに自分の足で歩いて扉を開いて奥へ移動していただく、という構成にしました。この移動がやはり普遍的で心地の良い「人間のスピード」なのではないかとあらためて思います。
移動している間は考える時間でもあります。「この先ってどうなっているんだろう」「洗濯機を回したまま来てしまったかも」とか、あるいはほかのことも。そう思ったときに同時に発生するいくつかの感情の距離感や、時間と場所の精神的な関係を再認識してみたいと思いました。
黒:ありがとうございます。では実際にこちらのシャッターを開けてみようと思います。開けてください!
ミ:「PCに映っている空間は、実はこの向こう側の空間だった」というのが今回の仕掛けでした。
ア:すごいですね。シミとかも映像と同じです。
ミ:壁の傷とかもできるだけ現実と同じように作っています。自分の中では「現実に接続する」というのがポスト・リミナルスペースの一つの進む道なのかもしれないと思っています。言い換えれば、社会的なポスト・リミナルスペースのあり方ですね。
現実に対する逃避としてCGや架空の世界を楽しむことも必要だと思う一方で、私が作品を作る時に通底しているのは逆のベクトルです。すなわち、CGがあることによって現実を多角的に見ることができて、豊かに感じられるというのを目指しているんです。私の作品空間は一見まさに夢的でリミナルなイメージが多いと思うのですが、思いとしては現実を見つめる視点が生まれたらと考えています。
ミ:今回の作品では向こう側の空間へ移動する時にヘッドホンしてもらうのですが、その中では洗濯機を模した音が鳴っています。これはその音をトリガーとして自分の家に思いを馳せる感覚を想起してもらうことを考えました。最初はシャッターの向こう側について、そして向こう側へ行ったあと、今度は家というここではない場所を思う。そうして私を取り巻くあらゆる距離を同時的に感覚すること。それは最終的に、ある場所がどういうふうにいま在って、ある誰かはいまどうしているのだろうかと、その存在や世界を思い遣ることに通じると思います。
黒:ありがとうございます。動画の方には現実とは違って、カプセルのようなものがあります。SHUTLには去年まで中銀カプセルタワービルのカプセルが設置されていました。実はまだカプセルが取り外される直前に、ミヤオウさんはSHUTLで個展をされております。
今回この作品を展示される時に、ミヤオウさんは中銀カプセルに強い思いがあるとお聞きしました。
ミ:一見すると分からないですが、映像の中には中銀カプセルタワーのカプセルを置いています。
ミ:この建築を作ったのは黒川紀章という建築家です。1972年に竣工したので、ちょうど万博の時代です。日本の都市部は未来に希望を持って活気づいている時代でしたが、そのころに「機能的な建築をつくる」「どこにでも同じような空間をつくれる」というモダニズムを世界的に経て、日本では60年代より「メタボリズム」という建築のムーブメントがあったんですね。
それは、新陳代謝する建築というものです。細胞みたいに消えては生まれていくようなエコロジカルでシステマティックな建築の在り方。その活動の渦中にいた黒川紀章は、人間の自由や未来を「移動」に見出したんですね。例えば中銀カプセルタワーの場合、東京にある住居カプセルを外して、大阪にある支柱に取り付ければすぐに住める。それまで土着的であったり家柄に苦しめられたりしてがんじがらめだった日本のムラ社会とその空間から、個人、という単位を移動によって推し進めようとしたのが黒川紀章でした。そこで今作のなかでは以前SHUTLにカプセルが在ったことも含めて、「移動」の象徴として表現しました。
でも移動の壁は、当時から考えたらもうすでに達成されたような感じがするんです。まだまだ加速していくのかと不安になるくらいです。退行とも言えるかもしれないですが、敢えて「スロー」に戻ることも、距離を測ることと同じように大切なことだと思います。そういう意味でも、カプセルに対しては批評的な面でその象徴として置いています。
微風ゾーン / 微風ゾーン
微:改めまして、こんばんは。微風ゾーンという名前で今回、展示や音楽のインスタレーションを行いました。
短い間に流行ってそして急速に廃れた、という認識なんですけれども、デジタルフォトフレームに以前から注目していました。今回はそんなデジタルフォトフレームを集めて、それぞれに時間軸の違う音楽と映像をデジタルフォトフレームのスライドに仕込み、壊れない限り永遠にループするように作りました。会期中はそれぞれに仕込んだ音が同じタイミングで再生されないように工夫しています。リズムが揃っていないポリリズムのようなズレを狙って制作しました。
微:ミュージシャンでもあるからかもしれませんが、時間経過や時間経過の中で見えていく変化に興味があり、これもそういった変化や一回性を感じられる作品を目指しました。
今回展覧会を行うにあたって、「微風ゾーンとは何か」をよく考えることになりました。リミナルスペースと微風ゾーンとの違いはこの名前を使い始めた当初から意識していました。それはリミナルスペースを否定するために区別したいのではなく、リミナルスペースを大切にしたいという気持ちから始まっているのが、微風ゾーンだと考えています。今回はなぜ微風ゾーンという名前で写真を撮ってネットに上げ始めたのかということを、自分のここ1年ぐらいのパーソナルな感情を交えつつお話ししたいと思います。
微:去年から今にかけて、自分の私生活で結構激動の変化があって、
今までの生活を一から考え直していく必要に迫られたんです。
その一環として毎日のスケジュールも1時間単位でやることを決めて、生活を整えて暮らすようにしたんです。それによって生まれた制作時間で微風ゾーン名義で念願だった「The West」という名前のアンビエントアルバムを完成させることができました。
生活を整えるのは精神的にも制作的にもいいことばかりだと思っていたんですが、意外にそうでもない部分もありました。生活を整えるほど、今まで自分が甘えてきたことや曖昧にしていたことがシミのように浮き上がってきて、一個一個対峙しなくてはいけない日々が始まったんですね。そんな人生と生活の濁流に揉まれながら、余分な部分が削ぎ落とされ、「結局自分ってどういうことを大事に人生を生きていきたいのか」というテーマに向き合うことになりました。
その中で「美学」というのを自分の中で大事にして、それに沿って生きていかないと意味がないなというように思うようになりました。実際にその美学が何かをここで喋るというのは恥ずかしいし、上手くできないんですけど、その美学がある場所は、孤独で、暗くて冷たい、おおよそそこで生活したいと思えないような場所。それが、自分の中の美学の根幹にあることに気がつきました。
こんなところで今から僕はどのように生きることができるのかと思った時に、これはずっと興味を持っていたリミナルスペースにすごく近い場所だなと気づきました。だから昔からリミナルスペースに対して、怖いだけではなくてどこか自分にマッチする感覚があったんだと気がついたんです。
微:じゃあ逆にリミナルスペースに立つ自分とはどんな人間なのかを想像した時、ガリガリに痩せ細って、孤独で寄る辺ない自分というのがそこに立ち上がってきました。ジャコメッティの彫刻みたいな、そこに立っているだけで精一杯で不安のまみれの自分。そういう姿が見えてきたんですね。そして、この感覚は本当だという確信がありました。
これを無視してこの先を生きていくことは、自分にはできない。もちろん僕も「ディズニーランドスペース」とか「ハッピーハッピーアイランド」みたいな場所で、明るく朗らかに生きていきたいです。でも自分はそうじゃないと。まずは「不安」がベースにある。それが自分のリアルな初期段階だと思ったんですよね。その頃から「不安」が自分のキーワードになっていきました。
微:私は不安という感情は普遍的なものだと思っています。と、同時にとても形が変わりやすいものだと思うんですよね。不安を忘れて過ごしている時もあれば、不安に押しつぶされてしまう時もある。そういう心の機能が我々人間一人一人の中に備わっている。
その不安は時に厄介なもので、最近ではニュースやSNSのアルゴリズムなどで煽られて必要以上に不安を大きくさせられてしまう。そしてその解消のために共通の敵を作って攻撃して安心しようとしてしまう。私は昨今のそういう流れは目に余るなと思っています。一国の大統領がそのように振る舞ったり、首相がそう振る舞ったりということを最近よく見ますが、そういうことに対して憤りを感じています。
そうじゃなくて、抱えている不安にそのまま対峙する。大きく見積もり過ぎたり、かといって小さすぎて自身の備えがおろそかになったりしないように、不安がそこにあるまま見ていく。それが大事な時代でもあるし、個人的な経験からもそう確信しているんです。
リミナル・スペースが今注目されているのは、不安に対してリアリティを感じる人が増えているからなのではと考えています。リミナルスペースはSNSで盛り上がっていますが、そういった不安をSNSの中で表現すると、結果的にカウンター的な表現になっている様にも思える時があります
例えばSNSには人生のポジティブな面だけを強調した投稿や露悪的なもの・過剰なものが目立ちますが、それに対するカウンターとしての側面があると思っています。リミナルスペースに皆さんが注目している根本には、不安に対する適切な距離感を測りたい気持ちがあるのでは…と考えています。
微:とは言え、何もない空間を不安や恐怖といった言葉だけで飾ることもそれはそれで極端な考えだと個人的には考えていました。
もうちょっと自分は心の弱い人間なので、不安の中でも救いや美しい瞬間を感じたい。それが、微風ゾーンと呼んでいる空間の瞬間なのかな、と思っています。
リミナルスペース的な怖い場所にいても、しばらく佇んでいたら光が入ってきて全く違う表情を見せるような。いろいろな場所に写真を撮りにいく中でそういう瞬間に何度も現実世界の中で出会いました。その経験を通じて、「街」に対する親和性が自分の中でどんどん育っていきました。今までどこに行っても消費を喚起され、孤独だと思っていた「街」の中でそんな瞬間を経験したことで、そこが親しみのある空間、境界という意味での「リミナルスペース」として自分と街とを繋げる空間として機能しました。
だからそのような瞬間やムードを写真や音楽などの表現で切り取ったのが、自分のやりたい「微風ゾーン」なのだと思います。
微:これが今回展覧会をやるにあたって考えてたどり着いた結論です。だから、ちょっとほっとするような空間をリミナルスペースと呼ぶのは、自分の中では違うと思っています。
不安の象徴として、リミナルスペースは大事にしたい。その上で、自分の心に寄り添うような表現として微風ゾーンをやっています。これからもリミナルスペースと微風ゾーンそれぞれの良さを大事にしつつ、作品を作っていきたいと思っております。
黒:ありがとうございます。僕は普段、現代美術を生業としているんですが、アーティストって社会や自分がバックグラウンドに向き合って作品に落とし込む方々が多いんです。毎回展覧会をするたびにアーティストの皆さんのエネルギーを受け止めているんですが、今の微風ゾーンさんの説明でひとまとめにエネルギーを受けたような感覚になりました。こういうお話を聞く機会はなかなかないと思うので、ものづくりをしている方や若年層の人たちも一回立ち直って見つめ直せるような機会になればと思います。
ところで、初めての作品制作になるんですよね。
微:こんな風に展覧会用にインスタレーションを作るのは今回が初めてです。
黒:それに僕はとても驚いています。完成度が皆さんすごい。特に微風ゾーンさんのインスタレーションは、アイデアに行き着くまでに技術や仕組みも分かっておかないとなかなかできませんよね。
観客の声
黒:約3週間ほど展覧会を実施させていただき本日が最終日となります。多くの方々に来ていただいているので、実際に展覧会の会期中の感想をいくつかピックアップして、お話しできればなと思います。
ア:まずこちらの感想をピックアップします。
https://x.com/notarica_design/status/2035303907564675335
ア:自分の中でミヤオウさんの作品を見させていただいて、ここまで上手く言語化できなかったんですが、鑑賞の1視点として自分の中で参考になりました。
ミ:すごくありがたいコメントをいただいて嬉しいです。自分は現実を大切にしたいと思っているので、感想に書かれている「ほんの少しだけ現実に立ち寄る」というところが今作のポイントだと思っています。現実があるからこそ、自分たちは作品を作るというのは大袈裟な言い方ですけれど、それを感じていただけたかなと思いました。
ア:ありがとうございます。次にご紹介するのはこちらです。
https://x.com/uxnixi/status/2032776000271180051?s=20
ア:これは自分の中ではっとしました。リミナルスペースというものの根底には「人の不在」が前提にあると思っています。ですがこの感想では「人が消える」というネガティブな方向ではなく、「空間や置かれたものが自立する」というポジティブな方向に捉えられているというのが、我々の触れている「あの空間・場所」の考え方に沿っているように思います。
C:私の映像作品でよく登場するシルバーや噴水のモニュメントも、そこにあるだけで空間性が変わって見えるなど、その物自体が放つエネルギーがあると思っています。そういったものも街が無くなった時に残されてそれが悲しいというよりかは、ポジティブな捉え方で見ているのは共感しました。
ア:ありがとうございます。次にご紹介するのはCOR!Sさんの感想ですね。これは自分の中でも気になっていたものです。
https://x.com/tetra_karakuri/status/2034603891569107119?s=20
ア:私も調べてみたんですけれども、実際にアナログ時計が一番美しく見える時刻は10時8-9分だそうで、やはりこの点を意識されたんですか?
C:実際の現場でここで止められるとは全然知らなかったんですが、この作品は1枚の静止画なので、ビジュアル的にどこで時計を止めるかは気にしていました。調べていくつか美しい形があることを知ったので、10時9分を採用しました。この「時計への供養」という言葉が、一つ前のlinenさんの感想の「空間の自立」にも通ずるとても素敵な表現だと思いました。
ア:ありがとうございます。これを見てCOR!Sさんの観察眼の鋭さを感じました。細かいところまで作り込んでいらっしゃることも感じられた感想でした。
微:この作品って随所に「そこにこだわるのか!」というポイントが本当に多いんです。自分が感動したのは、住宅街がいっぱい並んでいるところです。あれを作ろうとした時に、僕だったら簡単な平面で作ると思うんですよね。でも彼女の場合はちゃんと高低差をつけた。ニュータウンって実際、山を切り開いて丘になっているところを住宅地にするのが基本なので、平地には作らないことが多い印象です。それを再現するために丘にして、そしてあの物量のある家々を上に乗っけるという、その辺の心配り、まちづくりへの本気度に本当に感動しました。
ア:ありがとうございます。次の感想は微風ゾーンさん関連ですね。
https://x.com/urban_ichi/status/2033135779497857026?s=20
ア:フォトフレームには文脈や意図が込められているんですか?
微:実はデジタルフォトフレームありきというよりは、何らかの映像と音楽が違った時間軸でそれぞれ展開していくというアイデアが先にありました。DVDプレイヤーとかも最初は候補でしたが、そのあとデジタルフォトフレームの存在を思い出して。
うちでも5、6年前に使っていたんですが、すぐ飽きて使わなくなったんですよね。落として壊れたり、ないがしろにされて粗大ごみになった。そんな存在でした。そういう儚さにはリミナルスペースに通じる部分があるかもしれない。そして昔一回流行って急速に落ちぶれたので、非常に安い値段で叩き売りされている。そんなところもすごく魅力的だと思って今回素材に選びました。
ア:ありがとうございます。
(PROFILE)
微風ゾーン / Bifuu_ZONE
音楽レーベルLocal Visionsを共同主催している神戸在住の音楽家Tsudio Studioのアンビエントプロジェクトである。
音楽、写真、映像を駆使し“風の始まりの穏やかな空白座標“を表現。自身の写真を狭義のリミナルスペースと区別するため2021年から #微風ゾーン というハッシュタグを独自に作り出しSNS上で作品を発表し続けている。
今回の展示では多数のデジタルフォトフレームを使用し、それぞれ独立した時間軸で音と映像が繰り返されるサウンドとビジュアルによるインスタレーション作品を発表。
2026年の2月には微風ゾーン名義では初となるフルアルバム「The West」をConstellation Tatsuからリリースする。
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