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(INTERVIEW)

【SPACE RENTAL INTERVIEW】 稲村真優 個展「回」

2026年3月に多摩美術大学を卒業したばかりの稲村真優さんによる初個展【稲村真優 個展「回」】が、2026年4月29日(水・祝)〜5月6日(水・祝)、SHUTLにて開催されました(レンタルイベント)。

本展を手がけた稲村真優さんに、制作の背景やSHUTLという空間との出会い、そして今後の創作にかける思いについてお話を伺いました。

インタビュアー:佐藤 有紗(株式会社マガザン)

制作背景・活動について

まずはご自身について、ご紹介いただけますか。

稲村真優 (以降:稲村):2026年3月に多摩美術大学美術学部芸術学科を卒業し、現在はアーティストとしてパフォーマンスや映像作品、インスタレーションなどを用いて作品制作を行っています。
大学在学中から、たくさんの素晴らしい仲間たちと環境に恵まれ、制作を続けてきました。
最近は、設計された空間や装置が、作り手によって想定された用途や導線を超えて、使用する側の都合や偶然によって別の使われ方を獲得していくことに関心を寄せています。そういったことに関して日々発見される疑問や面白さをもとに作品を制作しています。

また、私の身体的な特徴として無視することのできない、生まれたときから続く「鳴りやむことのない耳鳴り」にも、私にしか感じ得ない「ズレ」を生み出す力があると思っています。このような身体を持つ身として、経験してきた感覚や出来事は、少なからず作品制作に影響を与えていると言えると思います。
正直、自分がいわゆる美術作品を制作しているという自覚はあまりなく、ある種の社会実験的な側面を持つパフォーマンスを作っていると思っています。そのため、自らを「アーティスト」と名乗ることには、どこかしっくりこない感覚があります。観客とパフォーマー、そしてそれを設計する私自身の立場をフラットにし、同じ立場から作品に向き合う、また時にはそれぞれの立場を入れ替えたりすることも許容するという姿勢は、周囲の友人たちからは「エンジニアらしさがある」と言われることがあります。

個展「回」について

今回が初個展となりますが、開催が決まった際はどのようなお気持ちでしたか。

稲村:今年は、留学をはじめ、これまでの夢を実現するために、さまざまなことへチャレンジする一年にしたいと考えています。まず初めに取り組んだのが、SHUTLでの個展でした。
 私にとって初めての個展であり、初めての学外での展示でもあったため、不安の多いスタートでしたが、SHUTLの皆様の手厚いサポートや、友人たちの協力、そして家族の応援に支えられ、開催決定後も前向きに自分のやりたいことと向き合い続けることができました。

この展示は、私にとって本当にかけがえのない経験となりました。支えてくださった皆様には、感謝の気持ちでいっぱいです。

今回の個展「回」を構想したきっかけを教えてください。

稲村:本展の構想は、現在の私の関心から生まれました。
「空間の正規使用方法の迂回路」を全体のテーマに据え、新たな制作に挑みました。
本展のために制作した作品では乾燥機を用いており、その動き――すなわち回転というモチーフから、「回」というイメージが浮かび上がってきました。
漢字としての意味よりも、記号として「回」を扱うことにこだわり、あえて読みは定めないままにしています。
個展のお話をいただいたことが直接のきっかけでしたが、以前から自分の中で実現したいと考えていたアイディアをSHUTLで形にさせていただきました。
コインランドリーを舞台にした作品をメインに構想していたため、その作品を軸に展示全体を組み立てています。

撮影:西那奈子

SHUTLという空間を、どのように作品へ取り込みましたか。(空間的に印象的だった点があれば教えてください。)

稲村:SHUTLのアウタースペースの壁面に、対になった複数組のフックが設置されていたことに気づいたとき、既存作品『意志ある機械』をインスタレーション化するアイディアが生まれました。
この作品のコンセプトは「空耳」です。空耳とは、実体のない音が宙に漂うような現象――であるならば、作品そのものも空中に浮かせた状態で展示したい。アウタースペースという空間が、そんな新たな発想へと私を導いてくれました。

また、建築物にガラスの面が多いことも、作品の在り方に大きく影響したように思います。
本展のために新たに制作した『What I Missed While Watching』は、コインランドリーを舞台にした映像/パフォーマンス作品です。実際の乾燥機を展示空間内に持ち込み、稼働させました。
乾燥機が置かれているという光景が屋外からも視覚的に見えることで、空間への違和感を覚えてもらいやすくなり、興味を持って足を止めてもらえるのではないか――そのような期待のもと、この形に仕上げました。

撮影:西那奈子

撮影:西那奈子

会期中、来場者の反応や空間内で印象に残っている出来事はありましたか。

稲村:『What I Missed While Watching』は参加型の作品であったため、日によってパフォーマーの顔ぶれが変わり、観客の層や天気によっても、場の雰囲気や参加率が大きく異なったので、それ自体がとても印象的でした。
外と内の日の光によって絶え間なく接続され、人の流れや行動までもが変化していく様子は、この空間ならではのものだったように思います。仕切りのない開かれた場だからこそ、私が実現したかった「境界を横断する」作品鑑賞の在り方が、自然と生まれていたと感じています。
パフォーマンスの最中、私の意図とは関係なく、その場で楽器セッションが始まったり、人知れず争いが解決されていたり、本来交わるはずのない人々が自然と関わり合う場面がありました。
それらは予想を超えていたからこそ、ひときわ美しく、感動するものがありました。

撮影:西那奈子

撮影:西那奈子

作品について

『What I Missed While Watching』 ドラム式乾燥機を“見続ける”という行為を作品化しようと思ったきっかけを教えてください。

稲村:この作品の出発点は、大学卒業前に私が経験したある出来事です。
引っ越しに際して少し早めに洗濯機を手放してしまったため、近所のコインランドリーに通う日々が続いていました。いつもであれば音楽を聴いたり外を散歩したりして洗濯が終わるのを待つのですが、その日はなぜか、ふと乾燥機の中が気になって、稼働している間中、ドアのガラス越しにずっと中を覗いていました。
はじめは、衣類がどのように回転し洗浄されていくかに集中していました。しかし次第に、私の視線は衣類ではなく、内と外を隔てるガラスの面そのものへと移っていきました。激しく回転する洗濯物を背景に、そのガラスには、コインランドリーにいる他の利用者たちのドラマが静かに映り込んでいたのです。
あるとき、一人の老人が乾燥機用の柔軟剤を自動販売機で購入しました。二つセットになっていたそれを、老人は近くにいた見知らぬ若い男性に一つ差し出し、少し言葉を交わしてから乾燥機を回し、店を出ていきました。
柔軟剤を受け取った若者はしばらく困惑した様子で立っていましたが、やがてそれを無造作にゴミ箱へと投げ入れました。
私はその一部始終を、ガラス面に映る反射映像として眺めていました。密やかで、静かな裏切りの物語でした。
乾燥機の前に立ち続け、すべてを見ていた私は、若者にとって「いないも同然」の存在でした。そしてその瞬間、私は本作のパフォーマンス/映像作品に通底するある立場――「見続ける人」――そのものになっていたのです。
この思いがけないドラマに出会ったとき、私はふと考え始めました。コインランドリーでの待ち時間に、今まで私はどれほど多くのものを見逃してきたのだろうか、と。
もし私がガラス越しではなく直接あの場面を見ていたら、若者の行動は変わっていたかもしれません。あるいは私自身が、そのドラマに巻き込まれていたかもしれない。その場に「いないも同然」として存在していたからこそ、あの物語は生まれました。乾燥機の中だけを見ていたら視界には入りながらも見逃していたはずの物語が、あの条件下でその場にいた全員が揃っていたからこそ、静かに展開されたのです。
この経験から、『What I Missed While Watching』(訳:見ている間に見逃したもの)というタイトルで、この体験を作品として形にしようと考え始めました。

撮影:西那奈子

『あなたとトイレに入れない』 トイレ用擬音装置に着目した背景や、“恥を隠すことで逆に可視化されてしまう”という視点について教えてください。

稲村:幼い頃から、排泄音を流水音で隠すという行為がずっと奇妙に思えていました。
体から自然に発せられる音なのに、よりによってトイレという排泄の場でその音を不快に感じるとはどういうことなのか――長い間、そのことが頭を離れませんでした。
「排泄音は隠すべきもの」という認識は、トイレ用擬音装置の普及とともに強まっていったように思います。本来であれば恥ずかしくもないはずのその音に対して、設置された装置が無言のうちに「隠さなければ失礼だ、あなたの音は汚いのだから」と語りかけ、人間の羞恥心をじわじわと育てていったのではないでしょうか。
そんな中で、私にはさらなる疑問が生まれました。擬音装置を使うという行為そのものが、「排泄行為を証明する装置」になってしまっているのに、なぜそのことは恥ずかしくないのか、と。隠しているつもりが、かえって露わになってしまう。音は聞こえなくても、そこで何が行われているかは十分に推測できてしまう。この逆説的な構造を、作品に持ち込みたいと考えました。
この構造は、排泄音に限った話ではないとも思っています。「秘密」にしたいことが生じた瞬間、周囲が慌てて駆けつけ、体裁のよい言葉で覆い隠そうとする――そういった場面は、日常のあらゆるところで起きています。

本作品では、観客にトイレの個室へ入ってもらい、その中で秘密を「排泄」してもらいます。
個室の外では、公にすべきことを声に出しながら内部の秘密を「隠蔽」する、いわば人間秘密用擬音装置としてのパフォーマーが作動します。
ただし観客は、秘密を隠蔽する側にも、その様子を俯瞰する側にもなり得ます。この作品において重要なのは、どれか一つの立場を選ぶと、それ以外の音は自分では認識できないという点です。
副次的なテーマにはなりますが、この構造は私自身の身体感覚とも深く重なっています。個室の内側=外には聞こえない耳鳴り、隠蔽する声=頭の中に響く自分自身の声、俯瞰する視線=そのどちらも聞き取れない他者――そういった感覚が、この作品には強く影響しています。

これは最近知って驚いたのですが、女性用ナプキンを袋から取り出す音もまた、「排泄音」に含まれるとされているそうです。
身体から切り離されたものの音でさえ、恥ずべきもの、知られてはならないものとして扱われている。そのような現代の、特に日本における空気には、いつも不思議な違和感を覚えます。
本作は成長させていきたい作品の一つなので、今後もさまざまな場所での展示を試してみたいと思っています。

撮影:西那奈子

『意志ある機械』 “空耳”を都市的な現象として捉えている点が印象的でした。 本作の制作背景についてお聞かせください。

稲村:私は群馬県の出身で、都会とはほど遠い場所で育ちました。静かな山や小川、夕方の通学路――
そういった環境の中で、私の耳鳴りはたった一人で鳴り響く、どこか寂しいものでした。
しかし大学進学を機に上京すると、その感覚は一変しました。人々でごった返すスクランブル交差点、絶え間なく人が行き交う新宿駅、せわしなく会話が飛び交うチェーンカフェ――
都市の大量の音の中に放り込まれたとき、私の耳鳴りは初めてその姿を晦ましたのです。

聞こえなくなったわけではありません。
むしろ悪化し増幅した耳鳴りは、ある種の心地よさをもたらすと同時に、あり得ないほどの量の「空耳」を私の耳に届け始めました。田舎では会話の邪魔としてしか存在しなかったものが、都市に出た途端、周囲の音と混じり合いながら、現実とも非現実ともつかない不思議なかたちで現れ始めたのです。

空耳というのは、誰か他者の声があって初めて生まれます。
田舎では限られていた音の総量が、都市ではその限界を軽やかに超え、変わらず鳴り続ける耳鳴りの在り方を大きく塗り替えました。
だからこそ私にとって空耳とは、都市的な現象です。自らの聴覚情報を根底から揺るがし、存在しない世界と存在する世界のあいだに、静かな裂け目を開いてくれるもの――
本作はそのような感覚から生まれています。

撮影:西那奈子

初個展を終えて、今後のヴィジョン

初個展だからこそ挑戦したこと、あるいは難しかったことがあれば教えてください。

初個展だからこそ、これまで手がけたことのないスタイルの作品に挑んでみようと思いました。
『意志ある機械』はもともと詩として完結した作品でしたが、それをインスタレーションという形へと変換することに挑戦しました。
SHUTLの空間全体からインスピレーションを受けたことが、その一歩を踏み出す後押しになりました。

『What I Missed While Watching』では、映像作品を出発点とし、あわせてパフォーマンスを行うという、新しい試みに取り組みました。
観客の皆さんに参加していただく形式であったため、回ごとに反応が異なり、それに合わせて作品自体も柔軟に変化していきました。
会期を通じて日を追うごとに作品が育っていくような感覚があり、完璧に完成された作品というよりは、観客の皆さんと一緒に実験し、研究しながら作り上げていくといった手触りのある時間でした。

撮影:西那奈子

撮影:西那奈子

最後に、今回の展示を通してお伝えしたいことや、今後について考えていることがあればぜひお聞かせください。

稲村:個展と銘打っていましたが、本当に多くの方々の力があって成り立った展示でした。
この場を借りて、改めて感謝を伝えさせてください。
パフォーマーの誰か一人が欠けても、あの展示は完成しなかったと思います。家族の助けがなければ形にできなかった作品もありました。SHUTLの皆さんのサポートがなければ、絶対に叶わなかったこともありました。
本当にありがとうございました。

展示を通じて受け取られたメッセージは、きっと人それぞれだったのではないでしょうか。そしてそれぞれの方が、それぞれに違うものを持ち帰ってくださっていたらと願っています。

今後の目標は、純粋に自らの幸せに向かうことです。
ずっと抱いてきた留学という夢に挑戦してみたり、制作を通して自分自身の疑問と向き合い続けたり――
そういったことにとことん真剣でいたいと思っています。
そして、仲間とともに活動の幅をさらに広げていけたら、と思っています。

撮影:西那奈子

撮影:西那奈子

(PROFILE)

稲村真優/mahiro inamura

アーティスト。自らの身体的な特性からくる他者とのズレや、認識の差、また近年では「場所」が作り出す人間の新たな機能などを主題に、参加型パフォーマンスや映像を用いて作品を制作している。経験が産んだ、他者との認識の違いからインスピレーションを受け、近年は知覚を制限したエチュードを実施し、社会的なルールが人々にもたらす変化を、パフォーマンス要素を内包したインスタレーションなどの形式で発表している。
私は幼い頃から無音というものを経験したことがない。というのも、私は常に耳鳴りがしているという体質を持ってこの世に生まれたからだ。それが理由で今まで多くの「ずれ」を経験してきた。自分には聞こえないけれど皆には聞こえる音がある、また皆には聞こえないけれど自分には聞こえる音があるということを意識して生活をせざるを得なかったからだ。無音を経験することのできない私はいつしか無意識に喧騒の中の孤独に身を投じていた。
2003年生まれ。群馬県出身。2026年3月多摩美術大学美術学部芸術学科卒業。

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